【カンタンカンタビレライナーノーツ】
9/26(水)リリースNEW ALBUM『カンタンカンタビレ』、ライター布施雄一郎さんによるライナーノーツを公開！
―アルバム『カンタンカンタビレ』について―
奥田民生は、常々「レコーディングは自分の“日記”だ」と語る。後から振り返った時に、プレイの成熟度も含めて「あの頃の自分はこうだった」と分かるものだ、と。だからこそ、如何ようにも修正できてしまうデジタル全盛期にありながら、音楽性を損なわないプレイの凸凹をあえて残すことで、聴き手は、そのゴツゴツした肌触りからプレイヤーの顔を想像できるようになる。それは同時に、自身の日記となるというわけだ。９月26日にリリースされる企画アルバム『カンタンカンタビレ』は、まさにソングライター／ミュージシャン奥田民生のこれまでの軌跡を記した日記と呼ぶに相応しいアルバムとなった。
アルバム・タイトルである『カンタンカンタビレ』とは、奥田民生が2017年秋からスタートさせた新プロジェクトの名称。これまでに彼が他アーティストに提供してきた楽曲を中心に、全パートを自ら演奏する“一人多重録音”というDIY宅録レコーディングするといったものだが、注目すべきは、８トラック・オープンリールレコーダー「TEAC 33-8」やアナログ・ミキサー「TASCAM M-208」といった、80年代アマチュア・デモテープ制作で人気だったアナログ機材でレコーディングが行われた点だ。しかも、最終的なマスター音源は、なんとノーマル・カセットテープに収めるという、とことんアナログ手法にこだわった作品なのだ。
「僕がギターを始めた時に憧れた人、たとえばビートルズはどうやってレコードを作っていたかというと、こういうスタイルなんですよ。彼らはもっといい環境を使っていたけど（笑）、アプローチとしては同じ。僕はその音や空気を聴いて育ってきたから、それに憧れている以上、“彼らと同じように録ると、やっぱりいいよね”っていう気持ちが強くて。プラス、“あなたの自宅でも（音楽を）作れるんですよ”っていうことも言いたかったんです」（奥田民生）
しかも、レコーディングの工程に解説を加えて動画化し、YouTubeで一般公開。楽曲が完成するとほぼ即日で配信リリースするという、実に彼らしいアイデアを実現したプロジェクトだ。アナログ録音世代からは「そうそう、こうやってた！」と懐かしむ声、そしてデジタル世代からは「テープに録るとこんなにも音が変わるの！？」と驚きの声が挙がるなど、世代を超えてSNSでも話題を集めたことは記憶に新しい。そうして制作された楽曲の中から11曲をセレクトし、アルバム用にミックスして仕上がったのが本アルバムというわけだ。
こうしたミュージシャンならではの視点による作品と言えば、2010年のレコーディングライブ・ツアー《ひとりカンタビレ（楽曲を作り上げる工程をライブ形式で公開。後に『OTRL』としてアルバム化された）》や、ミックス前のマルチトラックデータを特典として収録したシングル「風は西から」に続くものであり、単にできあがった音楽をリスナーに提示するだけでなく、その深層にまでリスナーを誘おうとする、奥田民生のミュージシャン・シップが伝わってくる。しかもそれを、声高に語るのではなく、「これも楽しいよ」「こういうやり方もあるんだよ」というライトさで、なおかつエンタテインメントとして提示してくれるあたりは、奥田民生だからこそ成せる業と言えるだろう。そして、我々に「楽しそう！」「やってみたい！」と思わせてくれながら、反語的に、DIYレコーディングや一人多重録音を簡単そうにやってのける彼のミュージシャンとしてのレベルの高さに、改めて驚きを覚えるのだ。
このように、プロジェクトのユニークさから“DIY宅録”“アナログ録音”といったキーワードがピックアップされがちだが、本作の真骨頂は、奥田民生のセルフ・カバー集として、とても魅力的なアルバムに仕上がっている点にある。PUFFYへの提供曲や「トキオドライブ（char）」など、“民生節”全開のメロディを彼自身のボーカルで満喫できることはもちろん、「悪い月（THE COLLECTORS）」や「SUNNYで！（藤井フミヤ）」のように、オリジナルでは提供先アーティストの色が強く感じられた曲も、セルフ・カバーのアレンジによって、奥田民生の音楽エッセンスが濃密に注入されていたことを再発見できる。また、「スロウサーフィン（石川さゆりwith奥田民生）」は、原曲とはまったく違ったバンドアレンジで、新曲に触れるかのような新鮮だ。こうして、純粋に音楽を楽しんだうえで、音にこだわる音楽リスナーにとって、アナログ感溢れるサウンドは耳を強く引っ張るスパイスとなるだろうし、曲作りや楽器に関心のある人なら、解説動画と併せて見ることで、そのレシピを知ることもできる。
「完成した曲をパッと聴いた時って、演奏は雰囲気のひとつで、細かく聴かなくてもいいわけです。でも“カンタンカンタビレ”では、ベースだけとか、各楽器の特長的な部分を無理矢理に聴かせている（笑）。もちろん、出来上がった料理が美味しければOKというのが音楽だし、それでいいんだけど、もしレシピを知りたいという人がいれば、そこを紐解いていける。そこが“カンタンカンタビレ”の一番の面白さなんです」（奥田民生）
アルバムを聴いてから、好きな曲のレコーディング動画をチェックするもよし、YouTubeを見てから、アルバムを味わってもよし。あるいは、「自分もやってみよう」とDIY宅録に挑戦する発展形も生まれるだろう。それだけの、聴く人それぞれに多角的な楽しみ方ができる理由は、それが奥田民生の53年間の音楽人生が色濃く詰まった“日記”だからなのかもしれない。
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ライター：布施雄一郎
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